正座するブログ

ADHDと診断された元おもちゃ企画開発者がいろんな場所で正座するのです。ほぼ記憶の記録用。

「発達障害で好きな仕事を辞めることになったけど、次が楽しみでしょうがない」の回







どーも、 @ です✋🏻✋🏻✋🏻




ふと気付けば、今日は退職日

6年半働いた会社から完全に離れることになる。そう、明日からまた無職に戻るのだ。
思い起こせば、2011年3月、東日本大震災が起こり、研究室へ修士論文の手直しをすることもなく、大学院の修了した。その後のニート生活に戻ると思うと不安だけれど、最も速いスピードで手に職をつけた時期でもある。
2、3ヶ月一日中何かをやり続ければ、それで就職することだって可能な時代だと思う。


[回想]暇すぎてドット絵を始めた


その後に何をしようか迷っていて、ふとやってみたのがドット絵だった。小中学生の時分、MacOS8のアイコンを自作するためにドット絵を描いていたことがある程度で、ほぼ初心者だだった。後に一緒に仕事をすることになる大図まことさんのクロスステッチなどを参考に試行錯誤しながらドット絵を描いた。
毎日、フルに時間があるので、頭の中の妄想を描き続けていた。


[回想]立体化したくてブロックを始めた


平面を描いていると立体化したくなるのは自然の流れ、ドット絵を立体感できるものはないかと探していたところ、小さなブロックの存在を知った。その足で、八王子のビックカメラへベーシックセットを買いに行ったのを今でも覚えている。
しばらく、試行錯誤しながらブロックを組んでいたのだけれど、意外につくれるもんだなと思った。
すると、ラッキーなことに8月くらいに会社がツイッターでビルダーを募集していたので、ノリで受けたら受かった。
実は今でも使っているツイッターアカウントで応募したので、私めの愚痴や会社批判も筒抜けだったのだろう。


[回想]キャラクター担当だった


ブロックビルダーというと華々しいクリエータのようにら思われがちだが、実際はブロックが組める商品企画担当者と思っていただくとよい。そう考えると結構凄いと思うんだけど、社内では「商品担当者はブロックを作れて当たり前」という雰囲気はあったと思う。それが後々しんどくなると思わずに、ガンガン作ってる時期があった。
私めは女性の先輩が産休に入るので、それを引き継ぐかたちで、テーマパークのPB商品のキャラクターを主に担当にすることになった。それを6年くらいずっと続けていたので、ブロックでキャラクターを作るのには、かなり自信がある。
今では、その場で試作をしながら監修を受けるということまでできるようになった。これはかなり大きな成長である。
おそらく、日本国内でブロックでキャラクタを作った数(監修あり)で言うと、5本の指くらいには入るのではないだろうか。


ビルダーは、それぞれ個性がある


後半はキャラクタ以外のものも作るようになり、大型の商品も担当した。やはり、建物の省略は難しく、ツイッターで一緒に入った同期が一番上手いと思う。
先輩や同僚も、それぞれ得意な分野があり、しれっと説明書を入手して、組んでまると、かなり勉強になった。
いつも蝶ネクタイをつけている同僚は、動物が上手い。動物園でクロッキーやれば、もっと凄くなる。アニメや漫画にも精通していて、人間型のキャラクタ(肌色が多い日本のキャラクタなど)のデフォルメが上手い。キャラクタは彼に任せればよい。
元建築士の同僚は、元々ブロックファンであったこともあり、とにかくブロックが好きと言うのが最大の強み。これは他の誰も勝てない。
ブロックの筆頭の先輩は、建物、動物、キャラクタ、静物、あらゆるものをオールマイティに作ることができる。初心者向けの組み方、コアユーザ好みの難しい組み方まで網羅していた。退職するときに、ブロック辞めようと思っていたけれど、この先輩にブロックは続けてねとい言われたので、もう少ししたら復活しようと思う。あの言葉は救われた。
こんな感じで、新製品をみて、誰が作ったのか分かるのは、私めの特権なのかもしれない。みんな大好き!


よく聞かれる辞める理由


それは、このブログでも書いているとけれど、2月に発達障害(ADHD)と診断されたのがきっかけ。元々、物忘れが激しいのと、片付けが超絶苦手ではあったものの、担当はブロックだけだったので何とかこなせていた。しかし、ブロックとそれ以外の全然違う種類の玩具を複数担当することになり、頭が混乱した。そこで、上司に担当するブロックの量を減らしてほしいと相談したのであるが、それは叶わなかった。私めのこともあり、大幅に組織体制を変えたというのはあったが、結局それが裏目に出て、もうグチャグチャだった。精神的にも病んでしまい、さすがにこれ以上続けるのは難しいと判断して、ゴールデンウィークあたりに退職を願い出たという顛末だ。仕事内容は本当に自分に合っていたと思うのだけれど、進め方や量が合わなかった。そこはやはり大きい。今は、8月に担当したパーティーゲームが発売されるのを見守る。


で、次何やんの?

結構、周りに心配されているのは、次は何をやるのか。転職エージェントで相談したり、発達障害者向けの就職支援の説明会にも出たけれど、何か違う。

実は学校へ通うことにした。自宅のシェアハウスのすぐ近くで、とある芸能事務所の学校の授業が一般向けに解放されるのだ。それを受験して、先週面接があり、現在結果待ちという状態。様々なことをするので、その中から、またブロックのように自分ができることを探して、仕事に繋げていけばよいかなと思っている。

というか、6年半も会社員を続けられたの凄くない?

初めて会社員になった時以上のドキドキとワクワクをまた体験したいのだ。


ブラックフレームマン
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東京で玩具の企画をする会社員(2月にADHDだったことが発覚。今日で退職!!明日からニート!!やばい!!!)