正座するブログ

ADHDと診断された元おもちゃ企画開発者がいろんな場所で正座するのです。ほぼ記憶の記録用。

「8月6日はWWWの日!わたしのインターネット歴」の回

今週のお題「わたしのインターネット歴」





どーも、 @ です✋🏻✋🏻✋🏻




8月6日は、1991年に世界初のWebサイトが開設されたことを記念し、「WWW(World Wide Web)の日」らしい。

もくじ

ネットを始めたきっかけ(1996年頃)

私めがインターネットを始めたのは、小学5年生の時分、1996年頃だと思います。叔母や友達の家で見たMacを親にねだったのがきっかけ。初めて使ったブラウザは、ネットスケープでした。青緑の舵のイメージをうっすら憶えています。

インターネットを始めた当時は、ダイヤルアップ接続でした。繋いでいる時間を気にしながら、テキストを読んでいる間は、わざわざ接続を切ったりしていました。それから、ADSL→光と順調に回線が発達していきました。


学校裏掲示板は昔からあった!?(2000年頃)

中学に上がると(2000年くらい)、周りに数人ネットを使っている友達が増えました。小さな私学の学校でしたので、10人くらいの掲示板ができ、学校の愚痴を言ったりしていました。ちょっと前に流行った学校裏掲示板の健全なやつです。今では考えられないことですが、ネットを使える若手の先生も書き込んでいました。


ジオシティーズでホームページ作ってた(2000年頃)

この頃には個人ホームページが盛んになり、ジオシティーズで嵐やテレビドラマに関するホームページをつくっていました。周りの友達がホームページビルダーを使う中、私めはひたすらテキストにHTMLタグを打ち込んでいました。この頃、ホームページの作り方を教えてくれた同級生(@)には、かねり感謝しています。おかけで、大学のデザイン学科の課題がとてもラクでした。

この頃は、まだブログというものは存在せず、日記というサービスがありました。ブログとは違って、トラックバックがなかったのです。ブログができたときには、地味に画期的なものができたなと思っていました。


AVは借りたことがない(200年頃)

高校に入ると、インターネットに関しては、エロ一色でした。だから、私めはアダルトビデオ(VHS,DVD)をレンタルしたり、購入したりという経験がありません。この辺は、周りの同世代(現在33歳)と微妙に差があります。同級生でも下手すると、まだレンタDVDを利用している可能性があります。私め今は、HuluやAmazonプライム・ビデオを視るので、テレビ番組を録画すること自体も減ってきました。この世代のデジタルデバイドは激しいかもしれません。


ネタづくりで毎日ブログを書いていた(2005年頃)

大学に入ると、放送部に夢中になり、人前やコミュニティFMで話す機会が増えました。そのときに、話すネタがなくなるとを恐れて、ブログを毎日書いて、ネタをストックしていました。さらに、お小遣い稼ぎに動物の交尾の動画をひたすらまとめたブログを書いていました。キュレーションメディアが出てくる数年前の話です。


YouTubeで身バレしそうに(2007年頃)

放送部では、動画編集もしていました。ちょうど、YouTubeが日本に入ってきた頃で、先輩が作った動画の再生回数が急激に上がり、身バレに怯えました。同期と私めは、先輩(女性)の命令で、多摩センターのプールで、TMRのHOTLIMITの格好で踊らされていたのです。(※結果的に監視員に止められた)
当時は、ネット上で、本名や顔を晒すなんて、想像ができなかったのです。ちなみに、その先輩は多摩テックで「実写版マリオカート」を撮影したり、ニコニコ動画で無数に派生動画がつくられた「必勝!面接マニュアル」をつくりました。ユーチューバーという言葉は、まだ普及していなかったと思います。


東日本大地震とSNS(2011年)

2011年3月、大学院を修了する直前に東日本大地震が起きました。私めは、ツイッターやmixiで、帰宅困難者となった友人へ、鉄道の情報や、開放している施設の情報などを伝えることに徹しました。特に原発情報など、分からないことが多くて不安になりました。しかし、情報を整理・精査することで、沖縄へ帰るほどではないと判断したのです。このときに学生だったか社会人だったかは、仕事に対する考え方で、大きな溝があると思います。東京の企業は、大雪の度に同じことを繰り返しているので。やっと、企業は「働き方改革」で強制的に考えざる得なくなったのですが、まだまだ我武者羅に会社のために尽くすことが美徳だと思っている経営者も多いのではないでしょうか。


LINEグループはクソ、WeChatはラク(先月まで)

仕事でいうとLINEでやりとりをすることも増えました。部署のトップが作ったグループに社員が追加され、海外出張から帰ってきたときには、「おかえりなさい」のコメント通知が休日なのにもかかわらず止まらないというのがありました。私めは、そういうのは嫌だったので、最後まで入りませんでした。
一方で、中国の工場とのやりとりは、WeChatでやっていました。これは便利で、国内の人とクソみたいなCCメールでやりとりをするよりはラクでした。日本の企業は、大多数でCCメールを送るのは、今すぐ止めた方がよいです。嫌われてます。


SNSに支えられて生きている(現在)

前の仕事で精神的に病んで、ツイートが酷いことになっていたのを見兼ねた大学の後輩が、飲みに誘ってくれたことがあった。それから、色々考えて退職を決意することができたし、本当に感謝している。昨日も、お祭りでぷらっと顔を出した研究室の後輩は、病みツイートを見ていたので、細かい話をせずに済んだ。全部のツイートを見るわけぢゃないけど、なんとなくざっくり近況が分かってる状態ってのが、SNSのメディ的な利点だと思う。

私め、本当にインターネットが無かったら、生きていないんだろうな。みんなありがとう!電気ありがとう!


ブラックフレームマン
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元おもちゃ開発者。ナノブロックやパーティーゲーム、ボードゲームを担当。現在、じっくり就活中!!発達障害(ADHD)らしい。